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福岡高等裁判所 昭和51年(ラ)48号 決定

抗告人

橋内照

橋内豊

右抗告人ら代理人

西辻孝吉

相手方

川田貞喜

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及理由は別紙のとおりである。

二本件記録によると、次のような事実を認めることができる。

(一)  相手方は、昭和五〇年一〇月二四日、抗告人らを相手として、熊本県八代郡泉村下岳字夏切六三七四番山林一九五〇平方メートル(実測27323.775平方メートル原審売却命令添付の別紙図面No.1ないしNo.46及びNo.1を順次直線で結んだ線で囲まれた部分)及び同山林内に存在する立木並びに伐採木(本件物件という)の所有権を保全するため、熊本地方裁判所八代支部に対し「本件山林及び本件物件に対する抗告人らの占有を解いて、同支部の執行官に保管させる。抗告人らは、同山林に立入り、立木の伐採、搬出をしてはならない。」等の仮処分の申請をなしたところ、同支部は同年(ヨ)第二三号仮処分事件として審理の結果、同年一〇月二五日「抗告人らの本件山林及び本件物件に対する占有を解いて、熊本地方裁判所八代支部執行官に保管を命ずる。抗告人らは本件山林内に立入り、立木を伐採、搬出してはならない。」等の仮処分の決定をした。そこで、相手方は、右決定に基づき同月二八日、右執行官保管等の仮処分の執行をした。

(二)  次いで、右仮処分債権者である相手方は、同五一年五月四日、右仮処分の目的物の一つである本件山林内の伐採木につき、同伐採木は、本件山林内に置かれたまま風雨にさらされ、日時を経過すれば腐蝕し、著しく価格が減少するおそれがあるとして、民事訴訟法第七五〇条四項に基づき、同支部に対し換価命令の申立をし、同支部は右申立を相当と認め、同月一〇日、「熊本地方裁判所八代支部執行官に対し、前記昭和五〇年(ヨ)第二三号仮処分事件の仮処分命令正本に基づき、執行官が保管中の、本件山林内に存在する檜、杉の伐倒木を競売し、その売得金を供託することを命ずる」旨の換価命令を発した。

(三)  そこで、熊本地方裁判所八代支部執行官は、右換価命令に基づき、本件山林内の右伐倒木を競売すべく、熊本八代事務所林務観光課に対し、本件伐倒木の評価鑑定を依頼したところ、同年六月一二日右八代事務所から、右執行官あて、「右林務観光課の係員五名が昭和五一年六月一一日、右評価鑑定のため現地に赴いたが、現地においては伐倒木多数(数百本)が重り合い、伐倒木の材積等を直ちに調査することが極めて困難であり、その調査のためには多数の日時を要し、林務観光課の本来の業務に支障を来すので、評価鑑定ができない。」旨及び「本件伐倒木の処分方法として、森林組合の受託販売事業として木材を搬出し、木材共販所で販売、精算する方法がある」旨の回答がなされた。そこで、相手方は、同年七月三日、評価人の評価鑑定をまつて競売の方法によつて本件伐倒木を換価するには、なお長期の日時を要することになりそれをまつていては、本件伐倒木が更に腐蝕し更に著しく価格を減少させるおそれがあり、早期に換価することが必要であるとして、本件伐倒木を森林組合の委託販売による特別換価命令の申立をしたところ、同支部は、同月六日、右申立を相当と認め、「熊本地方裁判所八代支部執行官は、本件伐倒木を競売の方法によらず、熊本県八代郡泉村三一八四番地、泉村森林組合に委託して売却することができる。」旨の特別換価命令を発した。

三以上認定の事実から考えるとき、製材を目的とする檜、杉等の木材は、山林内に伐採されたまま長期間放置されるとき、それが次第に腐蝕し、その価額が著しく減少するものであることは、明らかなものであるところ、本件物件は伐採されて本件山林内に放置されたまま、すでに一〇か月を経過しているため、すでに腐蝕がすすみ、その価額の著しい減少を来しているものであることが推認されるところ、前記の如く、執行官において評価人の評価鑑定をまつて本件物件競売をするにつき、その評価鑑定が全く不能でないとしても、その評価鑑定のために更に長期間の日時を要するものであることが明らかであつて、これから炎暑に至る時期に、更に長期間本件物件を山林内に放置するとき、更に腐蝕が進み、日々その価格が減少して行くものであろうことが容易に認められるから、本件物件の価額の著しい減少を防止するためには、任意売却の方法により早期に売却する方が、相手方のみならず係争関係人らの利益に合致するものと考えられる。

そして、また本件特別換価は、執行官の責任監督のもとに行われるものであることは勿論であるのみならず、本件記録によると、原命令による本件物件の売却委託先である泉村森林組合は、森林法に基づき設立された協同組合であつて、組合員のための森林経営案の作成、その他森林経営に関する指導、組合員の所有する森林の経営を目的とする信託の引受け、組合員の生産する林産物等の運搬、加工、保管及び販売等を目的として設立された組合であつて、公益的色彩を有する組合であることが認められるので、本件特別換価命令に基づく本件物件の委託販売につき、その委託の趣旨に従い誠実に業務を遂行するものであることが期待できること、そして、その委託販売に際しては、その現地山林からの搬出費等の経費が加味されて販売されるのは当然のことであつて、抗告人主張の如く、販売価額が右搬出費にも満たない額になるものとは到底考えられない。けだし、現地の本件山林内において執行官により競売されたとしても、その買受人は、当然に本件山林内からの本件伐倒木の搬出費用等の経費を考慮して、その価額を決定し、競買の申出がなされるものであることは自明のことというべきであるからである。

また、民事訴訟法第五八五条の特別の方法による換価命令を発するにつき、裁判所が債務者を審尋するか否かは、裁判所の裁量に属することであるので、原裁判所が債務者である抗告人を審尋しなかつたとしても、そのことをもつて違法とすることはできない。

四以上、原裁判所がなした本件特別換価命令が憲法第二九条並びに民事訴訟法の規定に違反するという抗告人らの主張は、いずれも理由がなく、その他本件記録を精査するも、原命令にはこれを取消すべき瑕疵はない。

よつて、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(亀川清 原政俊 松尾俊一)

【抗告の趣旨】 原決定を取り消す。

本件特別の換価申立を却下する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

【抗告の理由】 一、本件係争山林のうち、申立人が相手方所有の八代郡泉村下岳字夏切六三四番山林として認めている以外の部分は申立人橋内豊において立木を買受け所有しているものである。(土地については登記簿と字図の関係において実体と形式の間に相違があるので、今はこの点に触れないこととする。)

二、右山林の伐倒木に対し、相手方は昭和五〇年一〇月二五日、御庁同年(ヨ)第二三号仮処分決定により、搬出を禁止する仮処分の執行をなし、同五一年五月一〇日御庁同五一年(モ)第二四号により換価命令がなされた。(相手方の申立による。)

三、本件の目的たる訴訟物は所有権に基づく引渡請求権であつて、換価命令ができるか否かは一個の問題である。しかしながら申立人等は、右伐木が腐蝕し無価値となることを防止するため、やむを得ないこととして、これを争わなかつた。而して、右換価命令のなされた五月一〇日は梅雨期の到来する一ケ月前であり、速かに競売がなされるときは、梅雨到来前に搬出も可能であり、競売価格で競落されるものと、申立人等は期待しており、申立人等も競売に参加する予定であつた。

四、しかるに執行官の競売期日は今日までその指定がないので、当代理人においても度々競売期日が何時指定になるかを問合せたところ、その都度目下伐木の評価鑑定中とのことであつた。しかるに、昭和五一年七月七日突如として、申立人等に対し御庁昭和五一年(ヲ)第三四号売却命令が送達された。

五、しかしながら右売却命令は以下述べる理由により、憲法の条章並びに訴訟法の規定に照らし無効であると思料するのでこれが取消を求める。

(一) 記録を閲覧するに、右伐木の鑑定評価は、不能であるというにある。その理由は、多額の費用と人員と回数を要し、鑑定人の業務に支障を生ずる。鑑定評価をなすまでもなく泉村森林組合に委託として売却する方法もあること。前記売却命令は右鑑定人の報告に基づいて、相手方から申立てられているものと考えられる。しかし鑑定評価が不能ということはあり得ない。多額の費用といつても、それは数十万円が限度であると考えられるのであつて、換価命令の申立人である相手方において予納されるべきである。鑑定評価が不能であるという意見であるなら、前記換価命令後直ちに鑑定評価を命ぜられている筈であるから速かにその旨報告すべきである。換価命令に対する競売期日の未指定、鑑定評価の遅延により、既に梅雨期も終ろうとしており、次に、熱暑が到来することにより、伐木は腐蝕の度を深め、遂には無価値となる可能性が考えられる。

本件売却命令は、右鑑定評価人の報告の遅延に伴い、競売期日の未指定の結果生じている伐木価格の滅損を糊塗することとなるものと認められるから、違法である。

(二) 本件売却命令には、何等最低価格が表示されていない。

してみれば、命令を受けた泉村森林組合は、如何なる価格で売却しようとも違法の責任を負うことはない。

執行官の競売実施には、民事訴訟法、執行官規則等により手続の公正が担保されている。しかしながら森林組合の実施する委託売買には、何等の手続の公正も担保されていない。

若し、右森林組合が特定の業者に、廉価に売却した場合何人が如何なる損害の賠償をするのか不明であるといわなければならない。

本件伐木を売却する方法としては、(イ)、山床の現在地で売却する方法もあろうし、(ロ)、山床から森林組合が、市場その他の個所に搬出した上売却する方法もあると考えられる。(イ)の場合、執行官が競売するのを避け、何故に森林組合が競売又は個別売却をしなければならないのであろうか。(ロ)の場合、本件山林は八代郡泉村役場から数料の距離の個所にある重畳たる山岳の中にあり、搬出路もないところであるから、多額の費用を支払つて、搬出の設備をなすことを要すると共に、調材、運搬費、集材費等を要するものであつて、本件伐木を市場において売却した際、右経費が市場における売却代価により償うことができるか否か、何等の資料もなく、また、右売却命令には何等の指示もなされていない。

委任を受けた森林組合が、右の点の考慮を払うことなく、自己の負担とならない右設備費等多額の経費を支出して搬出した本件伐木が、右経費を償うに足りない代価で売却した場合、その損失は、誰が如何にして支払うのか、何等の担保がない。

従つて右売却命令は違法があると思料する。

六、以上述べたとおり、本件伐木の鑑定評価は不能とはいえないのに拘らず、右鑑定評価が不能であることを前提として、何等当事者たる本件申立人等に対し意見陳述の機会も与えられないでなされた本件売却命令は違法である。

次に、森林組合の売却手続の公正と適正な価格が担保されない本件売却命令は違法である。

若し右売却命令が取消されないときは、森林組合の手続の公正と価額の適正を担保するため、相当の担保が供されるべきものと思料する。

以上の担保は、財産権を保障する憲法第二九条の規定によるも、当然なされるべきものと思料する。申立人等は本売却命令の実施により、将来、申立人等の蒙ることあるべき損害の賠償を予め本申立書により請求する。

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